FrontPageオススメのジャンボタクシーで回る京都社寺南禅寺

見どころ

臨済宗、黄檗山萬福寺を本山とする場合は、黄檗宗と呼ぶ。
一般に禅宗とは、坐禅を元とする宗派の意味であり、臨済宗・黄檗宗・曹洞宗の三宗の総称です。
臨済宗・黄檗宗には15の本山があり、南禅寺はそのうちの一つで、南禅寺派の大本山です。
南禅寺は亀山法皇がご自分の離宮を正応4年(1291年)に開山したもの。京都五山の別格。

繰り返し火災が起り、荒れてたが、江戸時代に入り、僧崇伝(すうでん)により再興され、今日に至る。

三門は寺院を代表する正門。
禅宗七堂伽藍(勅使門、山門、仏殿、法堂、方丈、鐘楼、経堂、浴室)。
仏道修行のさとりの内容を示す空門、無相門、無作門をも意味する。
南禅寺の三門は別名「天下竜門」とも呼ばれ、上層の楼を五鳳楼と呼び、日本三大門の一つ。
現在の三門は藤堂高虎が寛永5年(1628)に、大阪夏の陣に倒れた将士の菩提を弔うために
再建したものであり、禅宗様式独特の圧倒的な量感と列柱群が力強さを示しています。
歌舞伎の『楼門五三桐』(さんもん ごさんのきり)の二幕目返しで石川五右衛門が
「絶景かな絶景かな……」という名科白を廻す「南禅寺山門」がこれである。
ただし実際の三門は五右衛門の死後34年経った寛永5年(1628年)の建築。
三門の高さは約22メートルです。明治32年(1899)国指定重要文化財となりました。

巨大な石灯籠は寛永5年の三門落慶の際に佐久間勝之が供養の為に奉献したもので、
高さ6メートル余りあり、大ささでは車洋一といわれています。

方丈は昭和28年国宝に指定されました。
豊臣秀吉により御所の清涼殿を移築した大方丈と伏見城から移築した小方丈。
「虎の子渡しの庭」は小堀遠州の作。

疏水は、南禅寺横を通り京都市東山区蹴上迄の区間。工事は明治18年(1885年)に始まり、
1890年に全長11.1kmで竣工した。

疏水の目的は大阪湾と琵琶湖間の通船や水車動力による紡績業,
潅漑用水,防火用水などであった。
ところが水力発電の有利性が注目されるようになり、
1889年に蹴上に発電所が建設され,明治24年(91年)には送電を開始した。
インクライン道路向かいのレトロな発電所は今も現役。
また水力発電の増強と水道用水確保のため,第2疎水が1912年に完成している。
同時期に蹴上浄水場が建設され、現在は上水道の水源として利用されている。
水路閣は明治21年(1888年)に建設され、美しいアーチを描く全長93mの橋は、
琵琶湖疏水の設計者の田辺朔郎が設計。古代ローマの水道橋が手本。

南禅院
亀山天皇は、正応2年(1289)離宮で出家して法皇となられ、
離宮を寄進して禅寺とし大明国師を開山とされました。
ここは離宮の遺跡であり、また南禅寺発祥の地です。
庭園は当時のおもかげを残し、鎌倉時代末の代表的池泉回遊式で、
周囲を深い樹林で包まれた幽玄閑寂の趣は格別である。
作庭は亀山法皇ともいわれ、早くから、京都の三名勝史跡庭園の一つに指定されています。
南禅院方丈は、元禄16年(1703)徳川綱吉の母、桂昌院の寄進によって再建された。
s2010-11-08南禅寺 (1) nannzennji 2011-04-05 (2)

南禅寺 2011-11-30南禅寺 (5)

s2011-11-30南禅寺 (6) 2010-11-08南禅寺 (3)

場所

京都府京都市左京区南禅寺福地町

オススメのジャンボタクシーで回る京都社寺