平等院

現在の平等院の地は、9世紀末頃、光源氏のモデルとも言われる左大臣である嵯峨源氏の
源融(みなもと の とおる)が営んだ別荘だったものが宇多天皇に渡り、天皇の孫である
源重信を経て長徳4年(998年)、摂政藤原道長の別荘「宇治殿」となったもの。
道長没後、子の関白藤原頼通は永承7年(1052年)、宇治殿を寺院に改めた。これが平等院
永承7年は末法初年に当たるとされ、末法思想が貴族や僧侶らの心をとらえ、
極楽往生を願う浄土信仰が社会の各層に広く流行していた。
約1000年前に建立された建造物や仏像が今に伝えられ、
世界遺産にも登録されております。
平等院鳳凰堂は建築・彫刻・絵画・工芸が一体化し、国内で最も密度の高い国宝の集積空間。
平等院ミュージアム鳳翔館】2001年開館。
【鳳凰堂】:阿弥陀堂。華やかな藤原摂関時代をしのぶことのできるほとんど唯一の遺構として、
このうえなく貴重な建築です。最も大きな特徴は池の中島に建てられていることで、
あたかも極楽の宝池に浮かぶ宮殿のように、その美しい姿を水面 に映しています。
堂内の中央には金色の阿弥陀如来座像2.95m、周囲の壁および扉には九品来迎図、
阿弥陀仏の背後の壁には極楽浄土図が描かれています。
そして左右の壁の上部には52体の雲中供養菩薩像が懸けられています。
天井には計66個もの銅製鏡が吊られています。

宗派は17世紀以来天台宗と浄土宗を兼ね、現在は特定の宗派に属さない単立の仏教寺院となっている。
天台宗系の最勝院(共に鳳凰堂の西側にある)浄土宗の浄土院という2つの寺院が共同で管理している。
浄土院は明応年間(1492年-1501年)、最勝院は承応3年(1654年)の創始であり、
平等院が浄土・天台両宗の共同管理となったのは、天和元年(1681年)、寺社奉行の裁定によるものである。
【十三重石塔】宇治川の中州、搭の島に建っている。1286年建立、
長い間川の中に埋もれていたのを明治41年に掘り起こした。高さ15m、
日本最大級で国の重要文化財。
平等院2012-08-27 byoudouin2011-04-06 (15)

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