嵐山周辺

天龍寺

見どころ
臨済宗天龍寺派大本山。京都五山の第一位であるこの寺は、
霊亀山天龍資聖禅寺(れいぎざんてんりゅうしせいぜんじ)といい、1239(暦応2)年に吉野で崩御された後醍醐天皇を慰めるために、
足利尊氏が夢窓国師を開山として、嵐山を背景とする亀山離宮を禅寺にあらためたのがはじまりです。
その塔頭は150余りを数えたといわれます。
昔は後嵯峨上皇の仙洞御所・亀山殿が営まれており、後醍醐天皇はここで幼少期を過ごしました。
夢窓国師は長く中絶していた中国との貿易を再開して、その利益をこの寺の建立資金としました。
この造天龍寺船による貿易事業は、その後も室町時代を通じて行われ、
わが国の経済や文化に寄与するところが多くありました。
創建以来650余年、その間8度も兵火にあい殆ど古建築は残念ながらありません。
現代の堂宇の多くが明治期の再建です。
夢窓国師による「曹源池(そうげんち)庭園」は嵐山、亀山などを巧みに取り入れた
借景四季庭園として、国の史跡・特別名勝第一号に指定、廻遊式庭園としても最も古いです。
昔は嵐山全体が天龍寺の境内だったそうです。
「平成の雲龍図」、平成9年(1997年)加山又造画伯によって法堂(非公開)の天井に描かれました。
拝観時間 8:30 ~ 17:30 閉門時間の30分前拝観終了:11月~3月は17:00閉門
参拝料:庭園(曹源池・百花苑)
高校生以上:500円
小・中学生:300円
未就学児 :無料

2014年7月更新

場所
京都府京都市右京区 嵯峨天龍寺芒ノ馬場町68

大覚寺

見どころ 
真言宗大覚守派の大本山で、旧嵯峨御所と呼ばれる門跡寺院。
876年、嵯峨天皇の亡き後、別荘であった嵯峨院を寺とし、
初代門跡(住職)に淳和天皇皇子の恒寂入道親王(つねさだしんのう)。
応仁の乱でほとんどの堂を焼失、江戸時代初期にはほぼ寺観が整う。
真言宗大覚寺派大本山。
鎌倉時代になると、亀山法皇や後宇多法皇が入寺し、ここで院政を行ったため「嵯峨御所」とも呼ばれた。
1392年、南北朝の和解が成立し、南朝最後の天皇、後亀山天皇から北朝の後小松天皇に
「三種の神器」が引き継がれた場所でもある。
伽藍の中心部に位置しているのは、本堂にあたる五大堂ではなく、
嵯峨天皇ほかの歴代天皇が書写した般若心経を収める心経殿(開扉は60年に一度)。
【大沢池】平安時代、唐の洞庭湖を模して造られた日本最古の林泉式庭園である。
池畔には桜や楓が約650本、池内には約3000本もの蓮が自生している。
また日本三大名月観賞地で観月の名所として知られ、中秋の頃には観月の夕べが開催される。

桜、紅葉とも美しく、11月には嵯峨菊展も行われる。

料金:大人500円、高校500円、中学300円、小学300円
時間: 9:00~17:00受付~16:30
2014年7月更新

料金、時間等詳しくは現地へお問合せ下さい。

場所 
京都府京都市右京区嵯峨大沢町4

仁和寺

見どころ
真言宗御室派の総本山で、御室御所とも呼ばれた。
茶室の遼廓亭・飛濤亭は重要文化財。
裏山には御室八十八ヶ所の小祠もある。また遅咲きの御室桜も有名。

「御室御所」の名の通り、代々法親王が住持した。
明治時代に至るまで、皇子や皇族が歴代の門跡(住職)を務めた。明治維新以降は、仁和寺の門跡に皇族が就かなくなったこともあり、「旧御室御所」と称するようになった。

この寺を完成させた宇多天皇には、真夏に「雪見がしたい!」と衣笠山を白布で覆わせたという大物らしい伝説も残る。
宇多天皇(うだてんのう、867年- 931年は、日本の第59代天皇。

平安貴族も桜会を催した仁和寺の御室桜は京都一の遅咲きで、高さ3Mほどとその低さが特徴です。

寺紋も桜で、桜のモチーフの意匠があちこちに見られます。

仁和寺の歴史は仁和2年(886年)第58代光孝天皇によって鎮護国家・仏法の興隆を図るため
「西山御願寺」(にしやまごがんじ)という一寺の建立を発願されたことに始まります。
しかし光孝天皇は志なかばにして崩御せられ、
次の第59代宇多天皇が仁和4年(888年)に完成されました。
西山御願寺は先帝から受け継がれた「仁和」の年号をもって仁和寺(にんなじ)と呼ばれるようになります。
宇多天皇が仁和寺第1世門跡宇多法皇となり入山されてからは、
江戸時代終わりまで皇室出身者が代々門跡を務める事となります。

しかし応仁元年(1467)に始まった「応仁の乱」によって
仁和寺は一山ことごとく兵火で焼失するという悲運に見舞われました。
応仁の乱から約150年後の江戸時代に入ると、
徳川幕府3代将軍家光が復興援助し、
現在の仁和寺が再興されました。

四国八十八箇所霊場を小規模に再現した巡礼地
実際の四国八十八箇所の札所の寺院と同じ本尊と弘法大師を祀ってあります。
1827年に、仁和寺第29世門跡であった済仁法親王が、
四国八十八箇所を巡拝が出来ない人々のために発願し、
仁和寺寺侍に命じて、四国八十八箇所を巡拝して、
各札所の砂を持ち帰らせ、仁和寺境内の成就山に四国八十八箇所を模して、
同じ数の88宇の堂を設けて、持ち帰った砂を設けた堂に埋めたことが起源とされる。
料金:大人500円、高校500円、中学300円、小学300円
時間:9:0O~17:0O 12月~2月16:30まで
2014年7月更新

料金、時間等詳しくは現地へお問合せ下さい。

場所 
京都府京都市右京区御室大内33

広隆寺

見どころ 
宗派は真言宗系単立。
帰化人系の氏族である秦氏の氏寺であり、平安京遷都以前から存在した、京都最古の寺院です。
国宝の弥勒菩薩半跏像を蔵することで知られ、聖徳太子信仰の寺でもあります。
毎年10月12日に行われる牛祭は、京都三大奇祭として知られています。

この寺の創建にかかわる逸話が『日本書紀』に記されてて、
603年(推古11)11月聖徳太子は群臣を前にして、
「私は尊い仏像を持っている。だれかこの仏を祀るものはいないか」と尋ねられた。
そのとき秦河勝が「私が祀りましょう」と名乗りで、
その仏像を祀るために蜂岡寺という寺を建てたのが、今の広隆寺の前身とのことです。

広隆寺には、仏像だけでも国宝が17体、重要文化財が31体もあります。
この寺は818年と1150年の火災により創建時の諸堂はほぼ失われました。
これだけ多くの仏像が護られてきたことは、奇跡に近いとのことです。
新霊宝殿には50数体の仏像が安置されていて、一度に参拝することができます。
その中に、宝冠弥勒の名で親しまれている弥勒菩薩半跏像がおられます。
国宝1号に指定された優美な弥勒像です。
拝観料:境内は自由、霊宝館700円、桂宮院本堂200円
2014年7月更新

場所 
京都府京都市右京区太秦蜂岡町32

鈴虫寺

見どころ
一年中心和む音色が響く、鈴虫のお寺。四季を通じて鈴虫の音色を聞くことのできる境内。
正式な名称は「妙徳山 華厳寺(みょうとくざん けごんじ)」。
華厳寺は江戸時代中期の享保8年(1723)、華厳宗の再興のために鳳潭上人(ほうたんしょうにん)によって開かれ、現在は臨済宗に属する禅寺となっています。
本尊である大日如来のほかに地蔵菩薩も安置しており、地蔵信仰、入学・開運・良縁祈願が多い。
松尾山麓に佇む当寺は京都市内を一望でき、四季折々の花や樹々、歳月を重ねた石や苔、竹林などが調和する。
また住職の説法を聞き、幸福地蔵菩薩様にお参りするところ。
どんな願い事もひとつだけなら叶えてもらえるという幸福地蔵は有名です。

苔におおわれた庭の周りには、三角や四角の竹や黒い竹などたいへんめずらしい竹も多く見られます。
また、比叡山から南へ連なる東山三十六峰が一望できるところもある。

2014年7月更新

料金、時間等詳しくは現地へお問合せ下さい。
場所
京都府京都市西京区松室地家町31

松尾大社

見どころ 
祭神は大山咋神、市杵島姫命を祀る京郁最古の神社。
洛西の総氏神として、崇敬を集める他、醸造祖神(酒の神)として名高い。

松尾山の山霊を頂上に近い大杉谷の上部の磐座(いわくら)に祀って、
生活の守護神として尊崇したのがはじまり。
秦氏が松尾山の神を同族の総氏神としたものです。
平安京に都を移されると、当社と賀茂神社とを皇城鎮護の社とされました。
宝物館に安置されている、男神二、女神一の三体の木造神像は、
わが国の神像彫刻では最も古く、国の重要文化財。
【御本殿】は現在のものは室町初期の応永四年(1397年)の建造にかかり、
天文11年(1542年)大修理を施したものです。
左右に随神を配置したこの【楼門】は江戸時代初期の作と言われております。
この楼門の随神の周囲に張り巡らせた金網には、たくさんの杓子がさしてありますが、
これはよろずの願い事を記して掲げておけば救われると言う信仰に依るもので、
いわば祈願杓子とも言われております。
境内に霊亀ノ滝、亀ノ井の名水がある。
【松風苑(しょうふうえん)三庭】現代庭園学の泰斗・重森三玲氏が長年にわたる庭園研究の奥義を結集し、
総工費1億円、三庭に用いられた四国・吉野川産の青石は200余個、
丸1年の工期を経て、昭和50年に完成した昭和を代表する現代庭園です。

拝観料金:大人500円、高校400円、中学400円、小学300円
時間:9:00~16:00
2014年7月更新

料金、時間等詳しくは現地へお問合せ下さい。
場所 
京都府京都市西京区嵐山宮町3

祇王寺

見どころ 
平家物語の史跡として知られる真言宗大覚寺派の寺院。
本堂には本尊大日如来・平清盛・祇王・祇女・母刀自・仏御前の
木像が安置されています。
現在の祇王寺は、昔の往生院の境内で、
法然上人の門弟良鎮に依って創められたと伝えられ、
広い地域を占めていたが、いつの間にか荒廃して、
ささやかな尼寺として残り、後に祇王寺と呼ばれる様になりました。
平家物語に出てくる。祇王、祇女、母刀自の墓と共に平清盛の供養搭があります。
明治二十八年、元の京都府知事北垣国道氏が、祗王の話を聞き、嵯峨にある別荘の一棟を寄付され、
これが現在の祇王寺の建物です。

2014年7月更新
料金:大人300円、高校300円、中学300円、小学100円
時間:9:00~16:30

料金、時間等詳しくは現地へお問合せ下さい。
場所
京都府京都市右京区嵯峨鳥居本小坂町32

車折神社

見どころ 
また、その境内社である芸能神社はあらゆる芸能・芸術
関係の人たちに強い信仰があり、芸名・ペンネーム・
劇団名などを記した朱塗りの玉垣が一面に並んでいます。

ご祭神・清原頼業公(きよはら・よりなり)、平安時代後期の儒学者。
頼業公は清原家の領地であった現在の社地に葬られ、法名「宝寿院殿」に因み、「宝寿院」という寺が営まれる。
室町時代、足利尊氏によって嵐山に天龍寺が創建されると、その末寺となる。
また、頼業公は生前、殊に桜を愛でられたので多くの桜が植えられ、建立当初より「桜の宮」と呼ばれた。
後嵯峨天皇が嵐山の大堰川に御遊幸のおり、この社前において牛車の轅(ながえ)が折れたので、
「車折大明神」の御神号を賜り、「正一位」を贈られました。これ以後、「車折神社」。
頼業公のご学徳により学業成就・試験合格はもとより、特に、「約束を違えないこと」をお守り下さる霊験あらたかな神様。
『清めの社(きよめのやしろ)』、神主がおはらいをした石が入ったお守り『祈念神石(きねんしんせき)』は、古来より信仰を集め、現在では、清めの社は『悪運を浄化するパワースポット』、祈念神石は『願い事を叶えるパワーストーン』
芸能神社
玉垣(たまがき)はプロ・アマ問わず、芸能・芸術・技芸の全ジャンルに渡り、お申し込みいただけます。
5月第3日曜日に嵐山の大堰川で王朝の舟遊びが
優雅に再現される「三船祭」で有名。

場所 
京都府京都市 右京区嵯峨朝日町23

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