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三十三間堂(さんじゅうさんげんどう)

(蓮華王院)
東区三十三間堂廻町657
電話:561-0467
FAX:561-6698
料金:大人600円、高校400円、中学400円、小学300円
時間:8:00~17:00
11/16~3月は9:00~16:00
受付:閉門30分前
正式には蓮華王院といい、現在は妙法院の境外仏堂。
内陣の柱間が33あることから三十三間堂と呼ばれる。
千手観音像・二十八部衆立像・風神雷神等の木像など多くの国宝・重文の丈化財を有する。
2013年3月更新

詳細
三十三間堂の名で広く世間に知られるが、正式には蓮華王院。
平安時代の終りに後白河上皇の勅願によって建立され、
現在は、すぐ近くにある妙法院の管理下に置かれ天台宗に属する。
三十三間堂のあるこのあたりは、その昔、後白河上皇の離宮・法住寺殿があった所で、
蓮華王院は、後白河上皇の勅命により法住寺殿の中に、
平清盛が長寛二年(1164)に建立したものです。
かつては、本堂や五重塔・不動堂・北斗堂などの建ち並ぶ立派な寺院だったが、
地震や火災で見る影も無くなり、三十三間堂と呼ばれる本堂だけが
鎌倉時代に再建されて今日に至り、現在、国宝に指定されている。
三十三間堂は、長さが三十三間ある建物だとよく誤解されるが、
ここでいう間とは尺貫法の間ではなく、柱と柱の間のことです。
柱と柱の間の距離は:疋しておらず約二間(約3.6m)あり、建物の長さは約120mある。
三十三という数字は観音様が三十三の姿に変身してこの世に現われ、
衆生を救うという信仰によるものからくる。
西国三十三ヶ所霊場とか津軽三十三ヶ所霊場とか、
全国に三十三ヶ所霊場めぐりがあるのも、同じ信仰によるものです。
三十三間堂の中に入ると、仏像の多さとその見事さにまず驚かされる。
中央の須弥壇に鎮座す本尊の千手観音坐像は高さが3mあり、
鎌倉時代の仏師・湛慶の作で国宝に指定。
本尊の両側に各五百体、裏側に一体、合計千一体の観音立像がズラリと並ぶ。
千一体の観音様の高さは全て一六六センチ、寄木造で漆箔が施されている。
その一部は平安時代のものですが、ほとんどが鎌倉時代の作品で、
全て国の重要文化財に指定。
千一体もある観音様のお顔は全て異っており、その中には自分の顔、
または親しい方の顔によく似ている観音様がいると言われる。
裏側にまわると、二十八部衆立像と風神・雷神の立像があり、
これらは全て国宝に指定されていて、その姿は力強さにあふれている。
お堂を出て、南側を見ると、長い土塀が続いています。
太閤塀と呼ばれ長さが92m、高さが五m以上もあるものです。
名前の通り豊臣秀吉の造ったもので、南大門と共に国の重要文化財。
また、本堂の東側には、鎌倉期に造られた池を中心とする美しい庭園があり、ツツジの名所として知られる。

通し矢
新聞やテレビなどで「三十三間堂の通し矢」というのが報道されますが、
あれは、昔の通し矢の形を変えたものです。
「通し矢」とは弓術の一種で、甫北に細長い本堂の西側の軒下で矢を射通す競技です。
幾つかの種目がありましたが、一般的には、一昼夜をかけて、
軒下の南端から北端にかけて射通す矢の数を競うものでした。
その起源は平安時代の末頃に始まったとの説もありますが、
記述としては、江戸時代初期に朝岡平兵衛なる人が百本の矢を放ち五十一本を射通して「天下一」と謳われたとあるのが最初です。
江戸時代を通じて盛んに行われましたが、明治時代になると下火となり、
現在では行われてません。
現在「通し矢」として紹介されているものは、射程距離60mの特設場で行われる
弓道競技で、毎年一月中旬に開催され、正しくは「三十三間堂大的全国大会」
といい、昔の通し矢とはまったく別です。
昔の「通し矢」は、120mの長い廊下を射通す力を競うものであり、
現在「通し矢」として紹介されているものは遠くの的を射る技を競うものです。

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