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東寺(とうじ)

(教王護国寺)世界遺産
南区九条町1
電話:691-3325
FAX:662-0250
料金:大人500円、高校400円、中学300円、小学300円
時間:8:3O~17:3O 9/20~3/19は16:30まで
平安京の守護寺として建立。五重塔は日本一の高さ。
毎月21日に弘法市で出店が並ぶ。薬師如来(金堂)、立体曼茶羅(講堂)の仏像は必見。
2013年3月更新

詳細
京都のシンボル東寺の五重塔、塔の高さは55mあり、日本で一番高い五重塔です。
東寺の五重の塔が建てられたのは、天長年間(824~833)と伝えられ、
その後火災によって幾度も焼け落ち、現在の塔は徳川三代将車・家光の
寄進により、正保元年(1644)に完成したもの。
この東寺は教王護国寺ともいい、正しい呼び名を、
八幡山金光明四天王教王護国寺秘密伝法院といういかめしい名前のお寺で、
はじめは羅城(生)門の東にあったことから、西寺に対して東寺と呼ばれ、
いつしか、その呼び名が一般的になりました。
理在は、東寺真言宗の総本山であり、京都を代表する寺院の一つです。
東寺の歴史は古く、平安遷郁が行われた年の二年後の延暦十五年(796)に、
桓武天皇が、藤原伊勢人に命じて東西にお寺を建立し、
京の都の鎮守としたのが始まりで、実際に完成したのは約三十年後とのことです。
建築途中の弘仁十四年(823)、真言宗の宗祖である弘法大師空海が
嵯峨天皇から東寺を賜わり、その時から、東寺は国家鎮護の寺院で
あるとともに真言密教の根本道場となりました。
朝延とのつながりが強く、清和天皇や宇多天皇はこの寺で剃髪され僧になられた程です。

治承元年(1177)の大火に続いて源平の乱で堂塔の多くが焼失し、
源頼朝の援助を受けた文覚上人が再興致しました。
鎌倉時代からは弘法大師信仰が盛んになり、
東寺は「お大師様の寺」として、皇族から庶民まで幅広い信仰を集め
大いに栄えた。
しかし、文明十八年(1486)の土一揆によって、堂塔のほとんどを焼失した。
けれども、絶大な大師信仰は衰えず、豊臣家・徳川家などの援助により、
不死鳥のように甦り、現在では京都を代表する観光名所として
年間を通して大勢の人が訪れています。
度重なる火災に遭い、再建された建物は比較的新しいが、
それでも、1191年(建久一)再建の蓮花門をはじめ、1380年(天授六)
再建の御影堂、1603年(慶長八)再建の金堂、1644年(正保一)再建の
五重塔が国宝に指定、他には国の重要文化財に指定されている建物が多く並び、
歴史の重味を伝える伽藍配置となっている。
当然のことながら、仏像をはじめ、仏画・古文書など、各時代の名品を
寺宝として収蔵しており、密教美術の一大宝庫となっている。
国宝五十六点、国指定重要文化財一二八点を数え、中でも、
講堂に安置された国宝の二十一体の仏像は、平安時代前期の傑作と評され、
密教美術の世界を代表しているとも言われている。
常時拝観できる仏像を除き、毎年春と秋の二回、宝物館で公開している。
「お大師様の寺」とまで言われる東寺では、空海の命日にあたる二十一日に、
大師堂で「倒影供」という法要が営なまわれ、
境内は大勢の参詣人や見物人で大変な賑わいとなる。
境内一帯では縁日が盛大に開かれ、骨董品からおもちゃや下着を売る露店が集まり、
市民はもとより、観光客にも人気です。
人々は、二十一日の御影供の日を縁日とともに
「弘法さん」と親しみを込めて呼び、「天神さん」と呼ばれる二十五日の
北野大満宮の縁日とともに京都の二人縁日となっている。
昔は、一ヶ月の間に、弘法さんが晴れで天神さんが雨のときは
「弘法さんが勝たはったえ」と言い、その逆の場合は「天神さんが勝たはった」
と言ったそうです。
とにかく弘法さんの日の人出は並大抵ではなく、
なかでも師走の「終い弘法」と初春の「初弘法」は特に賑わいます。

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