玄武神社

文徳天皇の第一皇子惟喬親王(これたかしんのう)をご祭神とする神社です。
父の文徳天皇は聡明であった惟喬親王に皇位を継がせようと思いましたが、
親王の母は藤原氏ではなかったため叶いませんでした。

小さい神社ですが、玄武神社においても4月の第2日曜日に
「玄武やすらい花」のお祭りが行われ、風流傘、鬼などの行列が
氏子区域を廻り、大変にぎやかになります。
社号「玄武」とは、王城の守護四神(青龍、朱雀、白虎、玄武)の一つで、
北面の鎮護神を意味しています。
その図柄は亀に蛇が絡むもので、配色は黒であります。
亀は長寿、蛇は商売繁盛にとたつとばれてまいりました。

近年「高松塚古墳」や「亀虎古墳」の北面に玄武の図柄が発見され有名となりました。
むかしは、玄武の亀との関係から境内の小池に亀が多く放育されていたので、
「亀宮(かめのみや)」、あるいは御祭神の御名から「惟喬社(これたかしゃ)」
とも別称されていました。
その根拠として宝永3年(1706)当社に奉納された石灯篭に「亀宮」の文字が刻されています。
その後、過去数回にわたり境内地の拡張がくり返されてまいりましたが、
現在の社殿は、昭和38年12月22日(1963)氏子地域の多くの方々の
浄財と崇敬心のお陰をもちまして完成し、関係者の参列のもと盛大な「遷宮祭」を迎えるにいたりました。

西陣よもやま話